Y.Iさん
宮川区から連なる鉱脈に 良質な青砥を産し、 合砥に比べ使用用途が多く需要が多い 中砥が砥石業者の懐を潤した。
長谷  (青砥)
区有山
大末
人造砥石発祥の地
新(あたらし)屋
神前農協
庚申屋
屋号
宮川区
(おおずれ)
神前区の砥石採掘地 へ
神前 戦後 へ
HP Top へ
前山  (青砥)
(門前)
尾根を挟んで 猪倉側滝ヶ谷にも 門前が産出される
荒
神前 戦前
森治郎右衛門の碑
M.Bさん
M.Yさん
K.Jさん
材木屋
甘味処
佐々尾神社
(合砥)
(鍛冶屋垣内)
(細かい青砥)
区有山
M.Tさん
東側
下車
大阪砥石組合  5人持ち
鍛冶屋
荒仕上げ加工所
M.Yさん
神前戦前探検隊
明治14年 6月11日 隣接する 八木村との 境界問題で 毒餅事件に
(岡花・前山)
中車
M.Kさん
(合砥)
三作
田んぼの底まで 採掘を広げ水を汲み 上げながら採掘した。 良質なものを多く産し 岡花ブランドとして 売り出した。
(細かい青砥)
宮前小学校の 紅白饅頭を 猪倉小畑饅頭店と 交互に納品
倶楽部
屋号
鍛冶屋垣内  (青砥)
M.Zさん
よろず屋
M.Mさん
(岡花・大末)
上車
淨念寺
戦前に掘削
M.Bさん
Top
H.Sさん
Back
区有山
中ヶ谷
寶林寺
創祀・創建年代は不詳 江戸中期1715年現在地に遷座 明治1868年まで神宮寺として 神護山慈眼寺があった。 重文の平安後期3体の 如来像と鎌倉後期九重石塔 (宝釈寺より)が寶林寺へ
近江屋
大曲り
天王神社
屋号
向畑
岡花  (青砥)
『八木の18番』 神前唯一の電話 農協内に設置 営業中のみ 通話可能
M.Yさん
採掘の砥山が個人山が主であり 宮川区のように大半の家が 砥山に携わっていたわけではない。
北 山
試掘権を得て 試掘して 採算が合えば 採掘権を年次契約
地元郷土史家の 著書によると 合砥は梅ヶ畑・鳴滝の 代用品として 重宝されたとある。
神前の会所
増屋
M.Sさん
青砥として 販売されたが 中砥と合砥の間の 粗さであった
千々川
M.Sさん
S.Jさん
豆腐屋
屋号
(細かい青砥)
この地まで 出征兵士を 送って行った!
乾谷
浄土宗
M.Bさん
(合砥)
脇谷
M.Yさん
M.Wさん
西側
(鍛冶屋垣内東側)
横谷
M.Kさん
臨済宗大徳寺派 江戸初期寛文年間創建 3体の如来像 (釈迦、薬師、阿弥陀)と 九重石塔が重文指定!
南側
戦後のみ
泣き別れ
材木屋
U.Sさん
饅頭屋
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